naxilaのブログ

雑記です

出口のない迷路

 今年の春ごろからいわゆるサブスクというやつを利用し始めた。秋にipadを買ってからはこのipadにサブスクのアプリを入れて諸々の再生機にしている。音楽についてはずっとitunesを使っていることもあってApple Musicにしてみた。ところで私は80年台後半ごろから洋楽を聴き始めて、その頃は当然働いてないのでお金がなく、ラジオ番組を聴いたりそこから録音したり、レンタルで借りてきてダビングしたりしていた。それでもやっぱり限界はあって、1曲いいなと思うぐらいでは借りるも買うも初めからあきらめる場合が多かった。

 

 そんな頃のアーティスト名をいくつか検索してみると、だいたい出てくる。やー、今さら何言ってんのという感じですが、すごいねサブスクリプションサービスって。ちょっとまて最近なんか出してるぞ、という人もいる。知らない間にリマスターされてリミックスやら別バージョンやらが追加されていて、当時40分ちょいのはずのアルバムが2時間とかになっているアルバムがあったりする。そして画面をスクロールして出てくる「同じタイプのアーティスト」にもわさわさと懐かしい名前が並ぶ。これはやばい。さらに有名どころの旧作も全部入っていたりするので、「聴いてみたいけどいまさら全部CDで買いそろえるのは入手するのも経済的にもちょっと」と思っていた人の作品も聴けてしまう。というわけでつい最近は2枚目までしか買ってなかったマライア・キャリーの3枚目以降のアルバムを順番に聴いたりしていた。

 さらにさらに、輸入盤では出てるけど国内盤が出てない新譜なども聴けたりする。この辺はツイートしたけどLacuna Coilの新譜とか(国内盤の予定はありませんか、何かしらでの来日公演の予定はありませんか)。

 こうなると何から手を付けてよいか。手が出せなかった頃のアルバムか。過去の名作か。新譜か。ちなみに私は昔Top40の曲名とアーティスト名を毎週ノートにつけていた時期があって、まだ捨てずにとってある。これに書いてあるアーティスト名をかたっぱしから検索したら一生聴き終わらなかったりするんじゃないのこれ。

 

最近の話

 「早めに次の記事に」といいつつこんどは半年経過。何やってんだかという感じ。

 今日何か書こうと思ったのは別に例のあれが改まったからではないのだが。あれ、通常の年越しと同じかそれ以上の盛り上がり、新しい時代、みたいなのになんともなじめないしおめでとうとも思ってない。たぶん「作られた感」が違うからだろう。

 

 何か動かなければいけない、と思いつつ、昼間の仕事ぶりはポンコツで家に帰ればついベッドで横になりすぐ眠くなりいつの間にか夜、という日が多く、ついまただめだったかと自分を責めそうになるが、それでもちょっとは何かしたから、となんとかなだめて1日が終わる。こうして改めて文章にしてしまうと余計にダメぶりを自分に刻みつけちゃうかな…こんな書き方をしてしまったけど最近はもうちょっと自分を甘やかすというか、思ってるほどダメじゃないから踏み出してみようぜと思うようにしている。

 

 

 

その後(3か月前の話)

 3か月経ってしまった。あのネガティブ全開な文章をあまりトップに置いておくのはよくないから、早めにその後どうなったか書こうと思っていたのだが、気づいたら3か月経っていた。

 

 結局旅行中はどうしたかというと、半分買ったの半分自炊のような感じ。賞味期限が切れたパスタとあとちょっとで切れるパスタソースが見つかり、これが2人前だったためちょうど旅行中に使い切ることができた。そのほかもう今使うのは危なそうな賞味期限切れのものをいくつか捨てることもできた。なお帰ってきた親のリアクションは「あら食べなかったの」みたいな感じだったが、おそらく外で食べたと思っているのだろう。

 

 ちなみに帰ってきた日の夜、日中に私が窓際に干していた洗濯物が暗くなってから閉めたカーテンに触れてしまっていたのを気づかずにいて自室に戻っていたらそこに「触ってるじゃないちゃんと離さないと」とこちらに聞こえているように言っているのかと思うような大きさの声の独り言が聞こえてきた。これ以降気になるようになったのだが、時折こうして聞こえるように言っているように聞こえるこちらへのダメ出しが出るようになった。「ほんとに何もしないのね」とか。正直、ほんとうにこれをやっておいていいのか?と何かしたらしたで向こうが期待していることと違うことをするのではないかと思って体を動かそうとしてもうまく動けないところがある。先日も休日に親が昼食を外で買って帰ってくるという連絡があったところで「ここでお湯を沸かしておいたほうがいいのか」と思ったが「いやセットでスープを買ってくるのか飲み物を買ってくるのかわからないし帰ってきてから動いても遅くないから」と思って待ってしまい、帰ってきてから「お湯を沸かすか」と聞いたら沸かしてと言われ、その後にこちらに聞こえるか聞こえないかの大きさで「何もしないのね」という声が聞こえてしまった。

 

 もう私は人のために予測をして動く、ということができないようなので、それを期待している親からは距離をおくしかないのかなという考えに固まりつつあり、またこれでは血のつながらない他人と暮らすのも無理だしできる仕事も人と直接かかわらないことでしないとだめかなあとか考えている。

 

 これも早めに次の記事にしてしまいたいなあ。なにか面白いことあったらまあ明日でもいいかとは思わずにすぐ書きましょうね。

 

 

 

雑記

 親が3泊4日で旅行に行くことになった。私はその間留守番なわけだが、それにあたって「コンビニでお惣菜いっぱい買っとくから」と言われた。まあ最近はコンビニのお惣菜お手軽で美味しそうなの多いよね。それはいいとしてその後に続けたのが「冷凍庫にお肉とかあるけど、焼かないでしょ」「お弁当もつくれちゃうんだよ~ww」

 

 確かに私はいま実家で家事をやらないでゴロゴロしっぱなしである。しかし今回はひっそり燃えていたのだ。実際ちゃんとやるかどうか定かじゃないけど、これまで留守番していたときよりも燃えていたのは確かだ。それを知らずに「どうせこの子はなにもできないから」ベースでそう言われてしまった。仕方のないことかもしれないがすごくガッカリした。

 

 思えば私に対する言葉はだいたい「この子はダメだから」ベースだった気がする。ほめられたことは覚えていない。一緒に出かけたりするし普通の会話は一応するので仲が悪いわけではないが、いちばん奥のところで信用しあってない気がする。少なくとも私は大事な話や悩みの相談をしたくない。だいたい私に落ち度があるという前提からスタートするからだ。そういえば冬に大雪が降った時、足元に気をつけろと玄関先に出てきて私を見送ったことがあったが、いきなり私が足を滑らせたときの第一声が「ほら言わんこっちゃない!」だった。「大丈夫?」とかではない。というかその後特に何も言わなかったからどこか痛めたかを気にしていたかどうかも疑わしい。注意したのに滑った私が迂闊だというのがまず頭にあるんだろう。向こうもこっちがどういう考え方をしているのか、理解不能だろう。高校2年にクラス替えがあったがいまいちなじめず、隣のクラスにいた1年の時の友達のところに行って昼ご飯を食べていたのだが「そんなのありえない。おかしい」と言われた。ほかにも以前に私が言ったことをさも初めて知ったことのように私に言ってきたことがあったり、基本的に私の言うことはまともに聞いていないようにも思う。

 

 せっかくなので親にはいちばんの味方であってほしいのだが、もう無理だろう。私がなにもできないのが悪いのだ。ただ私にも多少言い分があって、ある程度まで親がすべてやっていて、いきなり突き放された印象があるのだ。手伝いからちょっとずつできることが増えたという記憶はない。いきなり「できてあたりまえ」になっていて、「何もできない子」になったのだ。

 

 とりあえず、親にどう思われようがー多分あの時ああ言ったから反発してやったんだ、と思うのだろう、その前からやる気だったとは微塵も思わないに違いないー親の旅行中は自分のために料理をつくりたい。

新年に…あれ?

 まーた何も書かずに1年放置してしまいました。

 

 昨年の正月に「環境が変わったら余裕がなくなった」と書きましたが、その後2017年中は余裕がない状態が続いて頭がこんがらがってきたので昨年末にいったん休憩をとることにしました。ので、今年に入ったら多少余裕がある…はずだったのですが、結局全方位休憩みたいな感じでゴロゴロしたまま約2か月経過。そろそろちゃんとします。

新年にあたって

 1年ぶりですか…

 まさか1年放っておくとは自分でも思いませんでした。

 なんとなーく最初の3ヶ月は何も書かず、4月になって環境が変わったら今度は時間的にも精神的にも書く余裕がなくなってきてしまい、結果1年更新なし、ということになってしまいました。今年はもうすこしなんとかしたいところです。大丈夫…だと思います。

新年にあたって

 昨年の始めに「もっと記録しよう」と言ってましたが、振り返ってみれば結局そうでもなく。しかしここ数年で記事の数はいちばん多いぞ!そしてずっとほったらかしにしてしまったラウパの感想を年内に無理矢理とはいえ書き切ったのは自分なりに満足です。

 

 いままでずっと個人的というか内向きにいろいろやってた感じなんですが、いいかげん外に向かって動き出さねばならない状況になってきましたので、打たれ弱いんですけど、というか疲れやすいという感じなんですけど、なんとかやっていきたいです。